作成日:2026.01.08  /  最終更新日:2026.01.08

インボイス制度開始から2年。免税事業者との取引継続か排除かの最終判断基準

インボイス制度がスタートして2年が経過しました。制度開始前は「様子見」だった事業者も、そろそろ本音で判断を迫られる時期に来ています。免税事業者との取引を続けるべきか、それとも取引先を見直すべきか。この問いに明確な正解はなく、業種や取引先との力関係、そして何より「自社の経営判断」に委ねられます。

「制度が始まったら、免税事業者は自然と淘汰される」と予想していた経営者も多かったはずです。しかし現実には、免税事業者のままでいる事業者も残っており、インボイスを発行しない相手との取引を継続している会社も少なくありません。なぜでしょうか。それは、現場には教科書通りにいかない「人間関係」や「実務上の都合」が存在するからです。

この記事では、免税事業者との取引を継続するか排除するかについて、税務・コスト・リスク・人間関係など、複数の視点から判断材料を提供します。制度開始から2年が経ち、税務署も本格的に動き始めているいま、曖昧なまま放置しておくと後々のトラブルに発展するリスクがあります。

インボイス制度がもたらした「取引の分断」という現実

インボイス制度の本質は「消費税の仕入税額控除を受けるためには、適格請求書が必要」というシンプルなルールです。しかし、このルールが現場にもたらしたのは、取引先との関係性を見直さざるを得ない状況でした。

免税事業者からの仕入れは、原則として仕入税額控除の対象外となります。つまり、仕入額の10%分が丸々コスト増になるわけです。年間500万円の外注費を免税事業者に支払っている場合、消費税50万円分が控除できず、実質的に自社の負担となります。この金額を無視できる企業は少ないでしょう。

一方で、免税事業者側も厳しい選択を迫られています。課税事業者になれば消費税の納税義務が発生し、年間売上500万円の個人事業主であれば、年間20万円前後の納税が必要になるケースもあります。手取りが減るため、免税のままでいたいという本音は理解できます。

この制度が始まった当初、国は経過措置として「免税事業者からの仕入れでも80%控除できる期間」を設けました。2026年9月までは80%控除、その後2029年9月までは50%控除という段階的な措置です。つまり、いまはまだ「猶予期間」であり、2026年10月以降は控除額が50%に減少し、2029年10月以降は完全にゼロになります。

この経過措置があるために、「とりあえず様子見」という姿勢で継続している企業も多いのですが、2026年秋以降は控除額が半分になるため、コスト負担が急増します。このタイミングで改めて判断を迫られるという構図です。

免税事業者との取引継続を選ぶ企業の実情

では、なぜ免税事業者との取引を継続している企業があるのでしょうか。理由はいくつかあります。

技術やノウハウの代替が困難

特定の職人やフリーランスにしかできない仕事というものが存在します。たとえば、特殊な技術を持つ設備工事業者、長年の顧客データを把握している営業代行、自社製品に精通したデザイナーなどです。こうした相手を「消費税が控除できないから」という理由だけで切ることは、経営上のリスクが大きすぎます。

実際、ある製造業の経営者は「うちの製品の設計を20年やってもらっている外注先が免税事業者のままなんです。その人以外に任せられる人がいないので、控除できなくても継続するしかない」と話していました。こうしたケースでは、税額控除の損失よりも、取引先を失うリスクのほうが大きいと判断されています。

取引額が小さく、影響が限定的

年間の取引額が数十万円程度であれば、仕入税額控除ができなくても影響は軽微です。たとえば年間30万円の外注費であれば、控除できない消費税は3万円。この程度であれば、取引先との関係を優先して継続するという判断は合理的です。

逆に、取引額が大きい場合は話が変わります。年間1000万円の外注費を免税事業者に支払っているケースでは、控除できない消費税は100万円に達します。これを無視できる企業は少ないでしょう。

下請法や独占禁止法への配慮

もうひとつ見落とせないのが、法的リスクです。下請法や独占禁止法では、取引上の優越的地位を利用した不当な取引条件の押し付けを禁止しています。インボイス制度を理由に、免税事業者との取引を一方的に打ち切ったり、報酬を減額したりする行為は、法令違反となる可能性があります。

公正取引委員会は、インボイス制度に関連した独占禁止法違反について、積極的に監視を行っています。実際に「インボイスを発行しないなら取引しない」と通告したケースで、指導や勧告を受けた事例もあります。こうしたリスクを回避するために、慎重に対応している企業も多いのです。

免税事業者との取引を見直す企業の判断基準

一方で、免税事業者との取引を見直し、課税事業者への切り替えを求めたり、新たな取引先を探したりする企業もあります。その判断基準は何でしょうか。

コスト負担の限界

取引額が大きい場合、控除できない消費税の負担は無視できません。年間500万円以上の外注費を支払っている場合、控除できない消費税は50万円以上になります。これが複数の取引先に及ぶ場合、年間数百万円のコスト増となるケースもあります。

特に利益率の低い業種では、この負担は致命的です。建設業や運送業など、利益率が数%という業種では、消費税の控除ができないことで赤字に転落するリスクさえあります。こうした業種では、免税事業者との取引を見直す動きが顕著です。

代替可能な取引先の存在

同じ品質・価格で提供できる課税事業者が存在する場合、そちらに切り替えるという判断は合理的です。たとえば、事務用品の仕入れやオフィス清掃など、代替可能なサービスであれば、課税事業者を選ぶほうが税務上有利です。

ただし、この判断には「人間関係」という見えないコストが伴います。長年の付き合いがある取引先を切ることに、心理的な抵抗を感じる経営者も少なくありません。実務上は合理的でも、感情的には割り切れないという葛藤が存在します。

税務調査への備え

税務署は、仕入税額控除の適用要件を厳格にチェックしています。インボイスが保存されていない、または記載要件を満たしていない場合、控除が否認されるリスクがあります。免税事業者との取引が多い企業ほど、税務調査でのリスクが高まるという認識が広がっています。

実際、税務調査で「この取引先はインボイスを発行していないが、どう処理しているのか」と指摘されるケースが増えています。適切に処理していれば問題ありませんが、曖昧なまま放置していると、後々の修正申告や追徴課税につながる可能性があります。

免税事業者に課税事業者への転換を促す際の注意点

免税事業者に対して「課税事業者になってほしい」と依頼する場合、どのように伝えるべきでしょうか。ここには法的リスクと人間関係のリスクが絡み合います。

一方的な通告は法令違反のリスク

「課税事業者にならないなら取引を打ち切る」という通告は、下請法や独占禁止法に抵触する可能性があります。特に、自社が優越的な地位にある場合、相手に選択の余地がない状況での一方的な要求は問題視されます。

公正取引委員会は、以下のような行為を問題視しています。

  • インボイス制度を理由に、一方的に取引を打ち切る
  • 課税事業者への転換を強要し、応じない場合に報酬を減額する
  • 消費税相当額を支払わず、実質的に値下げを押し付ける

こうした行為は、法令違反として指導や勧告の対象となります。実際に、建設業や製造業で指導を受けた事例が報告されています。

相手の事情を理解した上での交渉

課税事業者への転換を依頼する場合、相手の事情を理解し、丁寧に説明することが重要です。たとえば、「弊社の経営上、仕入税額控除ができないと厳しい状況です。課税事業者への転換をご検討いただけないでしょうか」という伝え方であれば、相手も事情を理解しやすくなります。

その際、相手が課税事業者になることで発生する負担についても配慮が必要です。消費税の納税負担が増えることを前提に、報酬の見直しを提案するなど、相手にとってもメリットがある形を模索することが求められます。

書面でのやり取りを残す

口頭でのやり取りだけでなく、メールや書面で記録を残すことも重要です。後々、「一方的に打ち切られた」「強要された」といったトラブルに発展するリスクを回避するためです。相手の同意を得た上で、双方が納得できる形で進めることが理想です。

免税事業者との取引を継続する場合の実務処理

免税事業者との取引を継続すると決めた場合、税務上の処理を正確に行う必要があります。ここでミスがあると、税務調査で指摘されるリスクがあります。

経過措置の適用

2026年9月までは、免税事業者からの仕入れでも80%の仕入税額控除が認められます。この経過措置を適用する場合、帳簿に一定の記載が必要です。具体的には、「80%控除対象」といった区分がわかる記載を行います。

会計ソフトを使用している場合、インボイスなしの取引として入力すれば、自動的に経過措置が適用される設定になっているケースが多いですが、念のため確認しておくべきです。

2026年10月以降の処理

2026年10月以降は、控除率が50%に引き下げられます。この時点で、改めて取引先との関係を見直すかどうかの判断を迫られます。50%しか控除できないということは、消費税の半分が自社の負担になるということです。

たとえば、年間500万円の外注費を支払っている場合、消費税50万円のうち25万円が控除できず、25万円が自社の負担となります。この負担を許容できるかどうかが、継続の判断基準となります。

2029年10月以降の完全移行

2029年10月以降は、経過措置が終了し、免税事業者からの仕入れは完全に控除対象外となります。この時点で、免税事業者との取引を継続している企業は、消費税の全額を自社負担することになります。

この段階まで来ると、取引先との関係性や技術的な理由がない限り、継続する合理性は薄れます。最終的な判断を先延ばしにしている企業は、このタイミングで改めて検討する必要があります。

業種別に見る免税事業者との取引判断

業種によって、免税事業者との取引に対する考え方は異なります。ここでは、代表的な業種ごとの実情を整理します。

建設業

建設業では、一人親方や小規模な専門工事業者との取引が多く、免税事業者との関わりが深い業種です。一方で、元請業者は課税事業者であることが多く、仕入税額控除ができないと利益が圧迫されるため、課税事業者への転換を求める動きが強まっています。

ただし、特定の技術を持つ職人や、長年の信頼関係がある業者との取引を切ることは難しく、報酬の見直しや話し合いを通じて対応しているケースが多いです。

運送業

運送業では、個人事業主のドライバーや軽貨物事業者との取引が一般的です。免税事業者が多い業種であり、課税事業者への転換を求める動きがある一方、ドライバー不足の影響で取引先を選べない状況もあります。

この業種では、取引額が大きいため、控除できない消費税の負担も大きくなります。そのため、課税事業者との取引を優先する傾向が強まっています。

IT・デザイン業

フリーランスのエンジニアやデザイナーとの取引が多い業種です。免税事業者のままでいるフリーランスも多く、取引先の選定に悩む企業が増えています。

この業種では、技術力や実績が重視されるため、インボイスの有無だけで取引を判断することは少ないです。ただし、長期的な取引を前提とする場合、課税事業者への転換を依頼するケースもあります。

小売業・サービス業

小売業やサービス業では、免税事業者からの仕入れが少ない傾向にあります。仕入先が法人や大手事業者であることが多く、インボイス制度の影響は限定的です。

ただし、清掃業者や設備管理業者など、外注先が小規模事業者である場合、免税事業者との取引が発生することがあります。この場合も、代替可能であれば課税事業者に切り替える動きが見られます。

税務調査で指摘されるポイント

インボイス制度が始まってから、税務調査での指摘事項も変化しています。免税事業者との取引に関して、どのような点が問題視されるのでしょうか。

インボイスの保存要件

仕入税額控除を受けるためには、適格請求書を保存することが必須です。免税事業者からの請求書は適格請求書ではないため、控除の対象外となります。これを誤って控除していると、税務調査で指摘されます。

会計ソフトで自動処理している場合でも、取引先が課税事業者か免税事業者かを正しく登録していないと、誤った処理がされる可能性があります。定期的に取引先のインボイス登録番号を確認することが重要です。

経過措置の適用誤り

経過措置を適用する場合、帳簿に一定の記載が必要です。この記載が不十分だと、経過措置の適用が認められない可能性があります。税務調査では、帳簿の記載内容が細かくチェックされます。

架空のインボイス

一部の事業者では、免税事業者からの請求書に勝手にインボイス登録番号を記載して控除を受けるという不正が発覚しています。これは明確な税務違反であり、重加算税の対象となります。絶対に行ってはいけません。

最終判断を下すための5つのチェックリスト

免税事業者との取引を継続するか見直すか、最終的な判断を下すために、以下のチェックリストを参考にしてください。

  1. 年間の取引額はいくらか。控除できない消費税の金額を試算し、自社の利益への影響を確認する。
  2. 取引先の技術やノウハウは代替可能か。他の業者で代替できるか、それとも唯一無二の存在か。
  3. 取引先との関係性はどうか。長年の信頼関係があるか、それとも比較的新しい取引か。
  4. 法的リスクはないか。下請法や独占禁止法に抵触する可能性がないか、専門家に相談する。
  5. 2026年秋以降のコスト増に耐えられるか。経過措置の縮小に伴うコスト負担を見据えた判断をする。

これらの項目を総合的に検討し、自社にとって最適な判断を下すことが求められます。正解はひとつではなく、それぞれの企業の状況によって異なります。

税理士に相談すべきタイミング

免税事業者との取引に関する判断は、税務上の知識だけでなく、法律や経営判断が絡む複雑な問題です。自社だけで判断するのが難しい場合、税理士に相談することをお勧めします。

相談すべき内容

税理士に相談する際は、以下の点を整理しておくとスムーズです。

  • 免税事業者との取引額と、控除できない消費税の試算
  • 取引先との契約内容や関係性
  • 課税事業者への転換を依頼する場合の進め方
  • 経過措置の適用方法と、2026年秋以降の対応

税理士は、税務上のリスクを回避しつつ、経営判断をサポートしてくれます。特に、下請法や独占禁止法に関わる問題は、税理士だけでなく弁護士にも相談することが望ましいケースもあります。

税理士紹介ドットコムの活用

インボイス制度に詳しい税理士を探している場合、税理士紹介ドットコムのようなサービスを利用することで、自社の業種や規模に合った専門家を見つけやすくなります。無料で相談できる窓口もあるため、まずは気軽に問い合わせてみることをお勧めします。

最後に

インボイス制度開始から2年が経ち、免税事業者との取引をどうするかという問題は、もはや先送りできない段階に来ています。2026年秋には経過措置が縮小され、2029年には完全に終了します。その時になって慌てるのではなく、今のうちに自社の方針を固めておくことが重要です。

この判断に「絶対の正解」はありません。取引額、技術の代替可能性、人間関係、法的リスク、そして何より自社の経営状況を総合的に判断する必要があります。教科書通りにいかないのが現場であり、経営者としての腕の見せ所でもあります。

税理士や専門家の力を借りながら、自社にとって最善の道を選んでください。

執筆者
松下早紀
松下 早紀

税理士事務所・法律事務所で長年勤務した経験を生かし、税理士の選び方や税理士報酬の仕組みなどを解説しています。税理士は一度契約すると、なかなか変更しづらいものの、探す手段も限られています。後悔しない税理士探しをするために税理士ドットコムで最適な税理士選びをオススメします。