相続税の申告を自分でやるか、税理士に依頼するか。結論から言えば、遺産の構成がシンプルで相続人間の争いがなければ、自力でも申告は可能です。ただし、財産評価を間違えると追徴課税のリスクがあり、実際に税務調査で指摘を受けるケースは少なくありません。この記事では、自力申告の現実的な難易度と、税理士に依頼すべきかどうかの判断基準を具体的に解説します。
この記事の目次
相続税の申告が必要になるのは死亡者全体の約10%
そもそも相続税の申告が必要なケースは、全体から見ればそこまで多くありません。国税庁の発表によると、令和6年分の死亡者数1,605,378人に対し、相続税の申告書を提出した被相続人数は166,730人です(出典 国税庁 令和6年分 相続税の申告事績の概要)。課税割合は約10.4%で、10人に1人程度の割合です。
相続税がかかるかどうかは「基礎控除額」で判断します。遺産の総額が基礎控除額を超えなければ、申告自体が不要です。
基礎控除額は「3,000万円+600万円×法定相続人の数」で計算する
相続税の基礎控除額の計算式は以下のとおりです(出典 国税庁 No.4152 相続税の計算)。
| 法定相続人の数 | 基礎控除額 |
|---|---|
| 1人 | 3,600万円 |
| 2人 | 4,200万円 |
| 3人 | 4,800万円 |
| 4人 | 5,400万円 |
たとえば配偶者と子2人の計3人が法定相続人であれば、基礎控除額は4,800万円です。遺産総額がこの金額以下であれば、相続税の申告は不要です。逆に言えば、基礎控除を超える遺産がある場合は、自力であれ税理士に依頼するのであれ、必ず申告しなければなりません。
自力申告が現実的にできるケースは限られる
相続税の申告を自分でやること自体は、法律上は何の問題もありません。ただし、現実的に自力申告がスムーズにいくケースにはいくつかの条件があります。
自力で対応しやすい相続のパターン
- 遺産が現金・預貯金中心で、不動産が少ない(または自宅のみ)
- 相続人が少なく、全員で遺産分割の合意ができている
- 生前贈与や名義預金など、複雑な資金移動がない
- 遺産総額が基礎控除をわずかに超える程度
- 小規模宅地等の特例や配偶者の税額軽減を使わなくても税額が小さい
逆に言えば、これらの条件を1つでも満たさない場合は、自力申告のハードルが大幅に上がります。(正直なところ、これらすべてを満たすケースはかなり限られます)
自力申告で最もつまずくのは「財産評価」
相続税の申告で一番難しいのは、税額の計算ではありません。遺産をいくらと評価するか(財産評価)が最大の難関です。現金や上場株式は評価が明確ですが、不動産や非上場株式になると話は別です。
不動産の評価は素人には難易度が高い
土地の相続税評価は「路線価方式」または「倍率方式」で行います。路線価は国税庁が毎年公表しており、道路に面した土地1平方メートルあたりの価格が定められています。ただし、土地の形状が不整形であったり、接道条件が悪かったりすると、補正率を使った減額計算が必要になります。
この補正率の適用を見落とすと、本来より高い評価額で申告してしまい、結果として税金を多く払いすぎるケースがあります。逆に、補正の適用を誤って低すぎる評価をすると、税務署から指摘を受けるリスクがあります。(どちらのミスも自力申告では起きやすいです)
名義預金の見落としは税務調査で最も指摘されやすい
「名義預金」とは、口座の名義は配偶者や子どもだが、実質的には亡くなった方が管理・出資していた預貯金のことです。これは相続財産に含めて申告する必要がありますが、自力申告では見落としやすいポイントです。
税務署は被相続人と家族の預金口座の入出金履歴を過去にさかのぼって確認する権限を持っています。「子どもの口座に毎年110万円ずつ振り込んでいたが、子どもが通帳を管理していなかった」といったケースは、名義預金と認定される可能性があります。
生命保険金や退職手当金も相続税の対象になる
被相続人の死亡により受け取った生命保険金や死亡退職金は、民法上の相続財産ではありませんが、相続税法上は「みなし相続財産」として課税対象になります。非課税枠として「500万円×法定相続人の数」が認められていますが、それを超える部分には相続税がかかります。
自力申告の際に「保険金は相続財産ではないから申告不要」と誤解して申告漏れになるケースは意外と多いです。複数の保険会社から保険金を受け取っている場合は、すべてを合算して申告する必要があります。
税務調査で申告漏れを指摘される割合は高い
相続税の税務調査は、全員に入るわけではありません。しかし、調査対象に選ばれた場合、申告漏れを指摘される確率は非常に高いのが実態です。
国税庁の発表によると、令和6事務年度における相続税の実地調査件数は9,512件です(出典 国税庁 令和6事務年度における相続税の調査等の状況)。実地調査が行われた場合の非違割合(何らかの誤りが指摘される割合)は例年80%を超えています。
調査対象になりやすいのは「財産の申告漏れ」があるケース
税務署が相続税の調査対象を選ぶ際に重視するのは、以下のようなポイントです。
- 被相続人の所得水準に対して申告された遺産が少なすぎる
- 生前の資金移動(贈与や名義預金)が把握されている
- 不動産の評価方法に誤りがある疑いがある
- 海外資産や金融商品の申告漏れが疑われる
特に自力申告の場合、税理士が関与していない旨が申告書に記載されるため、税務署としてもチェックの目が厳しくなる傾向があります。(税理士が署名する「書面添付制度」を使っていない申告は、調査対象になりやすいと言われています)
追徴課税のペナルティは想像以上に重い
税務調査で申告漏れが見つかった場合、本来の税額に加えて以下のペナルティが課されます。
| ペナルティの種類 | 内容 |
|---|---|
| 過少申告加算税 | 本来の税額との差額に対して10〜15% |
| 無申告加算税 | 納付すべき税額に対して15〜20% |
| 重加算税 | 仮装・隠蔽があった場合、35〜40% |
| 延滞税 | 納付が遅れた期間に応じて年2.4〜8.7%程度 |
たとえば500万円の申告漏れがあった場合、本来の相続税に加えて数十万円〜100万円以上のペナルティが発生する可能性があります。「自分でやって費用を節約したつもりが、追徴課税で税理士報酬の何倍も払うことになった」というケースは珍しくありません。
自力申告に必要な作業と所要時間の目安
自力で相続税の申告を行う場合、具体的にどのような作業が発生するのかを把握しておく必要があります。
必要な手続きの全体像
相続税の申告期限は、被相続人が亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内です(出典 国税庁 相続税の申告手続)。この期限内に以下の作業をすべて完了させる必要があります。
| 作業内容 | 所要期間の目安 |
|---|---|
| 相続人の確定(戸籍謄本の収集) | 2週間〜1か月 |
| 財産・債務の洗い出し | 1〜2か月 |
| 財産の評価(不動産・有価証券など) | 1〜3か月 |
| 遺産分割協議・協議書の作成 | 1〜3か月 |
| 申告書の作成・提出 | 2週間〜1か月 |
トータルで3〜6か月程度かかるのが一般的です。10か月の申告期限は余裕があるように見えますが、遺産分割協議が長引くと、申告書の作成時間が圧迫されます。
申告書はe-Taxでも提出できる
相続税の申告書は、紙で税務署に提出する方法のほか、e-Tax(国税電子申告・納税システム)を使って電子申告することも可能です(出典 国税庁 相続税e-Tax特設サイト)。e-Taxを利用すれば、自宅からオンラインで提出でき、添付書類もPDF形式でアップロードできます。
ただし、e-Taxソフトの操作に慣れていないと、かえって時間がかかる場合もあります。紙での提出でも問題ないので、自分に合った方法を選んでください。
自力申告で使えるツール・情報源
自力で申告する場合、以下のツールや情報源を活用すると作業の効率が上がります。
国税庁の「相続税の申告要否判定コーナー」で申告の要否を確認できる
国税庁のウェブサイトには「相続税の申告要否判定コーナー」が用意されています。画面の案内に従って財産の情報を入力すると、相続税の申告が必要かどうかを簡易的に判定してくれます。あくまで目安ですが、最初の判断材料としては有用です。
市販の相続税申告ソフトを使えば計算ミスを減らせる
相続税の申告書を自力で作成する場合、市販の相続税申告ソフトを使うと、計算ミスのリスクを下げられます。価格帯は1万〜3万円程度のものが多く、税理士報酬と比べれば大幅に安く済みます。
ただし、ソフトはあくまで「入力した数値をもとに計算する」ツールです。財産の評価額を正しく算出するのは利用者自身の役割であり、評価の誤りはソフトでは防げません。
税理士に依頼した場合の費用は遺産総額の0.5〜1%が目安
相続税申告を税理士に依頼する場合の報酬は、遺産総額に応じて決まるのが一般的です。
| 遺産総額 | 税理士報酬の目安 |
|---|---|
| 5,000万円以下 | 20万〜30万円 |
| 5,000万円〜1億円 | 30万〜60万円 |
| 1億円〜3億円 | 60万〜120万円 |
| 3億円以上 | 120万円〜 |
遺産総額の0.5〜1%が一つの目安です。たとえば遺産総額が8,000万円であれば、税理士報酬は40万〜80万円程度になります。(決して安くはありませんが、財産評価のミスで追徴課税を受けるリスクを考えると、費用対効果は十分にあります)
税理士報酬を抑えるなら複数の税理士から見積もりを取る
相続税申告の税理士報酬は事務所によって差があります。同じ遺産総額でも、事務所によって報酬が2倍以上違うケースは珍しくありません。費用を抑えたい場合は、最低でも2〜3社から見積もりを取って比較することが重要です。
自分で複数の税理士を探すのが面倒な場合は、税理士紹介サービスを使うと、希望条件に合った税理士を効率的に比較できます。
税理士に依頼すべきかどうかの判断基準
自力申告か税理士への依頼か、迷ったときの判断基準を整理します。
以下に該当するなら税理士への依頼を強く推奨する
- 遺産に土地・建物が複数ある
- 非上場株式(自社株)が含まれている
- 相続人が4人以上いる、または相続人間で意見が割れている
- 小規模宅地等の特例を適用したい
- 被相続人に生前贈与や名義預金の疑いがある
- 遺産総額が1億円を超えている
- 二次相続(配偶者が亡くなったときの相続)まで見据えた対策が必要
特に「小規模宅地等の特例」は、適用要件が細かく設定されており、適用できるかどうかで税額が数百万円単位で変わります。自力で判断するにはリスクが大きいため、この特例の適用を考えている場合は税理士への依頼を強く推奨します。
自力で対応しても問題ないケース
- 遺産が預貯金と自宅のみで、総額が基礎控除をわずかに超える程度
- 相続人が配偶者と子1〜2人で、遺産分割に争いがない
- 配偶者の税額軽減を使えば税額がゼロまたはごくわずか
- 財産評価に複雑な要素がない
こうしたシンプルなケースであれば、国税庁のサイトや市販ソフトを活用しながら自力で申告を完了することは十分可能です。
自力申告で失敗しないために押さえるべきポイント
自力で申告することを決めた場合、以下の点を意識すると失敗のリスクを下げられます。
財産の洗い出しは「漏れなく」が最優先
税務調査で最も多い指摘は「財産の申告漏れ」です。被相続人の通帳、証券口座、保険証券、不動産の権利証、固定資産税の納税通知書など、あらゆる手がかりから財産を洗い出してください。見落としがちな財産として、以下のものがあります。
- 定期預金や定額貯金(通帳に記載されていない場合がある)
- 生命保険の死亡保険金(みなし相続財産として課税対象)
- 貸付金や未収入金
- ゴルフ会員権や骨董品などの動産
- 家族名義の預金(名義預金)
申告期限の10か月を逆算してスケジュールを組む
相続税の申告は、期限を過ぎると無申告加算税や延滞税が課されます。10か月は長いようで短いため、初動が遅れると後半で時間に追われることになります。
遅くとも被相続人が亡くなってから3か月以内には財産の洗い出しに着手してください。遺産分割協議に時間がかかるケースも多いため、早めに相続人全員で話し合いを始めることが重要です。
不安があれば「部分的に」税理士に相談する方法もある
「全部を税理士に任せるのは費用的に厳しいが、自力で全部やるのは不安」という場合、部分的に税理士に相談する方法もあります。たとえば、不動産の評価だけ税理士に依頼し、申告書の作成は自分で行うといった使い方です。スポットで相談だけ受ける場合、1回あたり1万〜3万円程度で対応している税理士もいます。
最後に
相続税の申告を自分でできるかどうかは、遺産の構成と複雑さによって大きく変わります。預貯金中心でシンプルな相続であれば自力でも十分対応できますが、不動産の評価や特例の適用が絡む場合は、専門家に依頼する方が結果的に安くつくケースが多いです。
「自分のケースは自力で大丈夫なのか」を判断するためにも、まずは税理士に相談して見積もりを取ってみることをおすすめします。税理士ドットコムの無料紹介サービスを活用すれば、相続税に強い税理士を無料で紹介してもらえます。










